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名古屋地方裁判所 昭和29年(行)5号 判決 1955年6月03日

原告 伊藤正春

被告 桑名税務署長

訴訟代理人 宇佐美初男 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告は、「被告が原告の昭和二十七年分総所得額につき金二十四万円とした更正決定はこれを取消す。」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、原告の主張(請求の原因)

一、原告は肩書住所で履物小売商を営む者であるが、被告に対し昭和二十七年分総所得金額の確定申告をするに当り、同年度における所得は昭和二十六年度において税務署より決定された所得額十八万円にほぼ近い実績であつたので、昭和二十七年分総所得金額として十八万円の確定申告をした。

二、ところが、被告は昭和二十八年四月二十四日附を以て原告の右総所得金額を二十四万円とする旨の更正決定をしたので、原告は同年五月十八日被告に対し右更正決定に対する再調査の請求をしたところ、被告より右請求の方式について欠陥を補正するよう指示を受けたが、期限までにその補正ができなかつたため同年六月十五日右請求は不適法として却下された。そこで同年七月上旬名古屋国税局長に対し右決定に対する審査の請求をしたが、右請求は昭和二十九年二月二十八日棄却せられその通知は同年二月二十四日原告の許に到達した。

三、しかしながら、被告の右更正決定は、原告に仕入帳、金銭出納簿、経費帳がなく、また棚卸をしていなかつたことを幸として、正確に記載した売上帳があるのにこれを無視し、全然根拠のない見込をもつてなした過大失当の決定である。原告には右売上帳があるのであるから、被告は右売上帳に基き原告の売上高を算定し、これに対し全国の同種業者に共通する一定の利益率を乗じて所得額を算定すべきにかかわらず、この方法をとらなかつたことは違法である。

よつて原告は被告のなした右違法な更正決定の取消を求めるため本訴請求に及んだ。

第三、被告の答弁並びに主張

一、原告主張事実中一及び二の事実は認めるが、三の事実は否認する。(なお、原告が名古屋国税局長に対し審査請求書を提出したのは昭和二十八年六月十七日である。)

二、所得税法第九条第一項第四号によれば、事業所得者の所得金額はその年中の総収入金から必要な経費を控除した金額による旨規定されているが、この方法によるには、まず年間の収入金及び必要経費を明瞭ならしめる正確な諸帳簿の記載の存することを前提として始めて可能であるが、このような諸帳簿の記載がなく、又あつてもその記載が断片的なものであつたり正確でないような場合には、所得税法第四十六条の二第三項により政府は、財産の価格、若しくは債務の金額の増減(いわゆる資産負債増減による所得の推定)、収入若しくは支出の状況又は事業の規模により所得の金額又は損失の額を推計して更正又は決定すると規定されている。しかるに本件所得金額決定当時原告には帳簿としては断片的な売掛の一部を記帳した帳簿があるに過ぎず、その自認するように仕入関係及び諸経費の記録は全くなく、納品書、受領書をも保存していない状態であり、適正な収支計算はできない状況にあつたため止むなく所得税法第四十六条の二第三項を適用して原告の所得を次のとおり算定した。

(1)  昭和二十七年一月一日現在における原告の積極財産は十二万八十五円で、同日現在の負債が四千円であるからこれを差引くと同日現在における純資産は十一万六千八十五円となる。しかして同年十二月末現在における積極財産及び同年度の総支出の合計額は四十万七千百九十五円で、同日現在の負債が六千七百三十円であるから前者から後者を差引いた四十万四百六十五円が昭和二十七年末における原告の純資産と同年中における支出額の合計額である。

よつて右四十万四百六十五円から十一万六千八十五円を差引いた二十八万四千三百八十円が昭和二十七年中における原告の総所得額ということになる。

(2)  なお右期首期末の積極財産及び年間支出額の明細はつぎのとおりである。

(イ) 期首積極財産 十二万八十五円

内訳 在庫品  十万円

預貯金  六千八十五円

現金   一万円

売掛金  四千円

(ロ) 期末積極財産及び年間総支出額

四十万七千百九十五円

内訳 在庫品  十五万二百円

預貯金  六千八十五円

現金   一万円

売掛金  四千円

公租公課 一万千九百七十八円

家計費  二十二万二百三十二円

保険料  四千七百円

(3)  さらに右家計費二十二万二百三十二円の算定の根拠はつぎのとおりである。

原告は家族七人の世帯であるが、昭和二十八年総理府統計局発行の家計費年表によれば、同年度における全国の勤労者世帯の平均消費支出額は、五人世帯における一人の消費支出額を百%とすれば七人世帯においては一人当り八四・三%であることが明らかであるが、昭和二十七年度三重県発行の統計月報七市別消費実態調査年報によれば、同年原告居住の桑名市における五・一二人家族一世帯の一人当り一カ月の消費支出額は三千百九円であるから、次のとおりの計算により七人世帯の一カ年間における支出総額は二十二万二百三十二円となる。

3,109円×7×12×0.8433 = 220,232円

以上のごとく、原告の昭和二十七年度における総所得額は二十八万四千三百八十円と推計せられるものであるから被告のなした二十四万円の更正決定は原告の所得額の範囲内であるから何ら違法ではない。

第四、被告の主張に対する原告の答弁

一、被告主張の昭和二十七年分の原告の財産状況中期首の預貯金及び負債、並びに期末の負債が被告主張のとおりであること、及び昭和二十七年中に公租公課として一万一千九百七十八円、保険料として四千七百円をそれぞれ納めたことは認める。

二(1)  昭和二十七年一月一日現在の積極財産は十八万八千百五十円でこれから同日現在の負債四千円を差引くと同日現在における純資産は十八万四千百五十円となる。しかして同年十二月末現在の積極財産及び同年度における支出額の総計は三十六万九千五百九十二円でこれから同日現在の負債六千七百三十円を差引いた三十六万二千八百六十二円が同年末における純資産と同年中における支出額の合計額である。

よつて右三十六万二千八百六十二円より十八万四千百五十円を差引いた十七万八千七百十二円が、昭和二十七年における原告の総所得額である。

(2)  右期首期末の積極財産及び年間支出額の明細はつぎのとおりである。

(イ) 期首積極財産 十八万八千百五十円

内訳 在庫品  十六万六千九百五円

預貯金  六千八十五円

(被告主張に同じ)

現金   一万二千五百円

売掛金  二千六百六十円

(ロ) 期末積極財産及び年間総支出額

三十六万九千五百九十二円

内訳 在庫品  十七万二千七百四十三円

預貯金  六千四百七十七円

現金   一万三千三百円

売掛金  四千二百六十円

公租公課 一万千九百七十八円

(被告の主張に同じ)

家計費  十五万六千百三十四円

保険料  四千七百円

(3)  右のうち家計費十五万六千百三十四円中には自給自足の燃料野菜見積一万円及び妻が六月及び十一月に生家の農耕手伝をし謝礼として得た米五斗見積六千円合計一万六千円を含んでいる。

よつて昭和二十七年分の原告の総所得額は十七万八千七百十二円であるから被告がこれに対して二十四万円と認定したことは失当である。

第五、立証

原告は甲第一乃至第四号証、同第五号証の一ないし三、同第六号証、同第七号証の一、二、同第八、第九号証を提出し、原告本人の尋問を求め、乙各号証の成立を認めた。

被告指定代理人は、乙第一、第二号証の各一、二、同第三、第四号証を提出し、証人夏目理一の尋問を求め、甲第六号証、同第七号証の一、二、同第八号証の成立は不知、その余の甲各号証の成立を認めた。

理由

一、つぎの事実については当事者間に争いがない。

原告は肩書住所において履物小売商を営むものであるが、被告に対し昭和二十七年分の総所得額として前年分同様の十八万円の確定申告をした。ところが被告は昭和二十八年四月二十四日付を以て原告の昭和二十七年分総所得額を二十四万円と更正決定した。これに対し原告は同年五月十八日被告に対し右更正決定に対する再調査の請求をしたが、被告より右請求の方式について欠陥補正の指示を受け、期限までにその補正ができなかつたため同年六月十五日右請求は不適法として却下された。原告は更に同年七月上旬(被告の主張では同年六月十七日に原告は名古屋国税局長に対し審査請求書を提出した。)名古屋国税局長に対し右決定に対する審査の請求をしたが、右請求は昭和二十九年二月十八日棄却せられその通知は同年二月二十四日原告の許に到達した。

二、被告は原告の昭和二十七年における総所得額は二十八万四千三百八十円である旨主張するのでこの点について案ずる。

(もつとも被告の更正決定はその範囲内の二十四万円である)

(1)  昭和二十七年一月一日現在の預貯金が六千八十五円であること

(2)  原告が昭和二十七年度において公租公課として一万千九百七十八円を支出していること

(3)  同じく原告が同年中に保険料として四千七百円を支出していること

(4)  負債として期首に四干円、期末に六千七百三十円の未払公租公課があつたこと

はいずれも当事者間に争いがない。

(5)  昭和二十七年中における預貯金、現金及び売掛金の増加額については、つぎのとおり原告は被告の主張を上廻つてその増加を自認するものである。

(イ) 昭和二十七年中における預貯金につき、

被告は期首期末ともに六干八十五円であると主張しその増減がないのに反し、原告は前記(1) のとおり期首における預貯金については被告主張の六千八十五円を認め、期末においては被告の主張を上廻つて預貯金現在高六千四百七十七円を主張するので、差引三百九十二円の預貯金増加を自認するものである。

(ロ) 同じく現金につき、

被告は期首期末とも一万円と主張しその増減がないのに反し原告は期首一万二千五百円、期末一万三千三百円と主張するので差引八百円の増加を自認するものである。

(ハ) 同じく売掛金につき、

被告は期首期末とも四千円と主張しその増減がないのに反し原告は期首二千六百六十円、期末四千二百六十円と主張するので差引千六百円の売掛金増加を自認するものである。

(6)  そこで進んで在庫品と家計費の点について案ずる。

(イ) 在庫品について、

証人夏目理一の証言によれば名古屋国税局の協議官である同証人が原告の審査請求により昭和二十九年一月十二日原告店舗に臨み原告と面接して調査した結果、在庫品として昭和二十七年一月一日現在において十万円、同年十二月末現在において、十五万二百円の商品のあつたことを認定した事実が認められ、かつ右調査の結果を特に誤りとするような格別の証拠も認められないからこれにより昭和二十七年一月一日現在において十万円、同年十二月末現在において十五万二百円の在庫品のあつたものと認定すべきである。この点に関する原告本人尋問の結果は措信し難く、甲第七号証の一、二(棚卸表)は原告において棚卸をなさないことを自認している点並びに成立に争いのない乙第三号証及び証人夏目理一の証言と対比して、後日の作成にかかるものと認められるから到底信用できないものであり、その他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(ロ) 家計費について、

成立に争いのない乙第一号証の一、二(昭和二十八年総理府統計局発行家計調査年報)によると全国都市の勤労者世帯五人世帯の平均一カ月間の消費支出額は二万二千二百五十一円であり、七人世帯は二万六千二百七十一円であることが認められる。

従つて五人世帯における一人当りの平均は四千四百五十円であり、七人世帯における一人当りの平均は三千七百五十三円となるから、五人世帯における一人当りの消費支出額を百とした場合、七人世帯におけるそれは八四・三三%に当ることが明らかである。

しかして成立に争いのない乙第二号証の一、二(昭和二十八年五月三重県発行統計月報三重県七市別消費実態調査年報--昭和二十七年)によれば、桑名市の平均世帯人員五・一二人世帯の一人当り一カ月の消費支出額は三千百九円であることが認められる。

そして、原告本人尋問の結果によれば昭和二十七年当時原告家族は七人であつたことが認められるから右の三千百九円を七倍すると二万千七百六十三円となり、これに十二を乗じて年間に引直すと二十六万千百五十六円となるから、これに前記八四・三三%を乗ずると昭和二十七年における桑名市居住の七人世帯の年間消費支出額は二十二万二百三十二円となることが明かである。よつて被告が原告の昭和二十七年における一カ年の家計費を二十二万二百三十二円と査定したことは相当であると認められる。

この点に関する原告本人尋問の結果は措信し難く、甲第九号証(手帳)は前顕乙第三号証、証人夏目理一の証言と対比し又その記載自体からも信用できないものであり、他に右被告の査定が不当であることを認めるに足る証拠はない。

三、又原告は、被告は売上帳(甲第九号証)の記載に基いて売上高を算定し、これに対して全国の同種業者に共通する一定の利益率を乗じて所得を算定する方法をとらなかつたから、被告の所得額査定方法は違法であると主張するが、甲第九号証(売上帳)はその記載自体からみて信用し難く、従つて被告が右売上帳を所得額算定の基礎にしなかつたとしても、これをもつて直ちに被告の査定が違法であるとはいえない。

また、原告が仕入帳、金銭出納簿、経費帳を記帳せず、棚卸もなさなかつたことは原告の自認するところであるから、かかる状況のもとにおいて、被告が所得額の査定につき前記のごとき方法をとつたことは真に己むを得ざるものであり、必ずしも違法であるとはいえない。

四、以上認定した昭和二十七年度における在庫品の増加及び家計費当事者間に争いのない公租公課並びに保険料の支払、原告の自認する預貯金、現金及び売掛金の増加を合計すると原告の同年度における所得額は左記のごとく二十八万九千九百二円であつたことが認められる。

在庫品増加  五〇、二〇〇円(認定)

預貯金増加     三九二円(原告自認)

現金増加      八〇〇円(原告自認)

売掛金増加   一、六〇〇円(原告自認)

公租公課支払 一一、九七八円(当事者間に争なし)

保険料支払   四、七〇〇円(当事者間に争なし)

家計費   二二〇、二三二円(認定)

計   二八九、九〇二円

しからば被告が右所得額の範囲内において、原告の昭和二十七年度における所得額を二十四万円と更正決定したことは何等違法とはいえない。

よつて原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本重美 田中良二 西川豊長)

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